東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1248号 判決
一、株式会社近太が昭和三十年六月十日東京地方裁判所で破産の宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任せられたこと及び控訴人が被控訴人主張のような手形割引をし(但し、別表記載の2.の手形の金額及び同の7.手形の割引日については争があり、これらが被控訴人主張のとおりであることは成立に争のない甲第三号証によつて認める。)次でその主張のような買戻(但し、別表記載の1.の手形を除く)に応じ、これを破産会社に売り戻したことは当事者間に争がない。被控訴人は別表記載の1.の手形も昭和二十九年六月二十八日に破産会社が買い戻したものであると主張するけれども、原審における証人原田宇一、大西次郎(第一、二回)の各証言(但し、大西の証言はその一部)及び成立に争のない甲第四号証を総合すると、右手形についてはその満期の日の前同日適法な支払呈示がなされ、裏書人である破産会社(破産会社が裏書人であることは弁論の全趣旨によつて明瞭である。)がその支払をして手形を受け戻し、振出人にこれを返還したものであることが認められる。
よつて、以上の手形の支払及び買戻は、果して否認の対象となりうるか否かについて検討する。
先ず、本件のように第三者の振出に係り破産者が裏書をしている約束手形について適法な支払呈示により破産者がその支払をして手形を受け戻し、振出人にこれを返還したような場合に右手形の支払が否認せられうるとすれば、手形権利者は振出人に対する権利を行使することが不能となり、その権利自体をも失うに至るべきであるが、かような関係にある場合に手形の支払を否認し得ないことは破産法第七十三条第一項の明定するところである。しかして、破産法が本条を設けたのは、右のような場合に手形の支払を否認しうるものとするのは、手形権利者をしてその支払のなかつたときよりも一層不利な立場に立たせることになり、引いて手形取引の安全を害する虞もないではないので、かような結果の発生を避けようとする配慮に出たものに外ならないのである。されば、別表記載の1.の手形の割引により破産会社と控訴人との間に消費貸借が成立し、従つて、同手形の破産会社による支払はこの貸借上の債務の弁済になるとしてその支払を否認する旨の被控訴人の主張は、進んで他の判断を加えるまでもなく理由のないものといわなければならない。
二、次に、手形の割引依頼人がこれを割引人から買い戻すのは、割引当事者間に手形貸付すなわち消費貸借の関係が生じていると否とに拘らず手形の支払とは異なるから、この関係で破産法第七十三条第一項を直接に提出することはできないけれども、第三者の振出に係る約束手形の割引人が満期前に割引依頼人のこれが買戻に応じて売り戻し、且つ本件のように手形が振出人に返還せられたときは、割引人は最早振出人に対して権利を行使する方法はないのであつて、この場合に割引人を適当に保護すべき取引上の要請は、前段で説示した場合と何ら選ぶところはないから、別表記載の2.ないし12.の手形が第三者の振出に係るものである以上、破産会社がこれについてした前認定の買戻を否認することは、前記法条の類推適用により許されないものと解するのが相当である。
(岡咲 田中 脇屋)